- 2011年2月 7日
いつかのブログにも書いたように、
自分を変えるのは、とても簡単なことです。
そして、なりたい自分になるのも簡単です。
だって、変えようと「思えば」「決意さえすれば」、そしてそのように「行動すれば」いいわけですからね。
だとして、さて、ここからが問題。
昨日、セッションを受けに来てくださったお客様から、こんな質問を受けました。
自分を変えようと、自分なりに精一杯努力しています。
でも、日々の生活の中で、なかなかそれが通らないことがあるのが辛いのです。誰かのたったひと言で、以前の自分に舞い戻ってしまうような感じもあるし...
自分を変えるのは、とても簡単なことです。
そして、なりたい自分になるのも簡単です。
だって、変えようと「思えば」「決意さえすれば」、そしてそのように「行動すれば」いいわけですからね。
だとして、さて、ここからが問題。
昨日、セッションを受けに来てくださったお客様から、こんな質問を受けました。
自分を変えようと、自分なりに精一杯努力しています。
でも、日々の生活の中で、なかなかそれが通らないことがあるのが辛いのです。誰かのたったひと言で、以前の自分に舞い戻ってしまうような感じもあるし...
なるほど、そうですね
自分を変えるのは簡単だとしても、周りの人に、それを簡単にわかってもらえるわけじゃない。
まして、あなたがガラッと変わろうとしているのなら、なおさらのことですネ。
それは確かに道理です。
周りにいる人たちに、変わった自分をすぐにも認めてほしいと思っても、
出来れば、周りの人にも変わってほしいと願っても、それは、なかなかにムズカシイ。
でも、それは当たり前のことなんですよね。
なぜって、周りの人は、自分じゃない。言ってみれば、立派な他人。
変わろうとしているあなたの思いや変化は、伝わっていないかも知れないし、
周りの人にとっては、わからない方がトクだから、わかりたくないかも知れないし。
そんな悩めるあなたに、贈りたい言葉があります。
「忍受せよ」...
これは、お釈迦様が、お弟子さんのアングリマーラに言われた言葉です。
「現状を肯定し認めて、今はこんな時だと耐え忍びなさい」
というような意味でしょうか。
ア ングリマーラは、ある事情から99人もの殺人を重ね怖れられていた盗賊ですが、100人目にしてお釈迦様に出会って改心し、弟子にしてもらったという人で す。ある日、アングリマーラは市中に托鉢に出かけたのですが、かつての彼の極悪非道ぶりを忘れていない人たちに石を投げつけられたりして血だらけになって 帰ります。
そのとき、お釈迦様は彼に「忍受せよ」と言葉をおかけになったのです。彼はその言葉に大いに感じ入り落涙とどめなく...そしてさらなる精進に邁進し、ついには「悟り」を得るのです。
私はこの話が大好きで、自分なりの解釈も加えて引き合いに出しています。
感情を無理に押し殺すような「忍耐」はよくありませんが、こんな「忍耐」はいいと思いませんか?
彼の場合ほど深刻ではないにしても、何かの「行き違い」を解決するためには、ときには「忍耐」も必要なのです。
このような、わかってもらうための「忍耐」は、後ろ向きの意味ではなく、積極的な心構えに通じるものがあります。
それは、わかってもらうために、「確信を持って時節を待つ」という意味なのですから。
今は、お釈迦様の弟子といえど、かつては盗賊。
昔の罪をキレイさっぱり記憶から消し去ってくれ、変化をわかれと言われても、
犯した罪の事実は残っているわけですから、おいそれとはいきませんよね。
私たち自身が変わろうとすることは簡単です。
自分だけなら、簡単に変われます。
ただ、それを周りの人にも理解してもらい、新しい自分を貫き通すためには、
しばらくの間、「忍受」を必要とすることもあるのです。
確かアメリカの有名な実業家だったと思いますが、誰でしたかね?
「確信を持って、信念に基づいた行動を取るならば、自分が考えているような人間になるのは簡単だ...」と言ったのは?
変わりたいなら、「確信」を持って、変わりましょう。
そして、「信念」を持って行動しましょう。
それを貫くためには、ときには楽しく「忍耐」もしてみましょう。
そうすれば、3日、3か月、3年と大いに変わり、7年もたてば、あなたは光り輝く、"変わりたかったあなた"に変身していることでしょう。
そして、"自分が制限さえしなければ"、天と地ほど違う別人にさえなっていること、請け合いですよ
だからね、みなさん、ガンバ
、ですよ?!!!

自分を変えるのは簡単だとしても、周りの人に、それを簡単にわかってもらえるわけじゃない。
まして、あなたがガラッと変わろうとしているのなら、なおさらのことですネ。
それは確かに道理です。
周りにいる人たちに、変わった自分をすぐにも認めてほしいと思っても、
出来れば、周りの人にも変わってほしいと願っても、それは、なかなかにムズカシイ。
でも、それは当たり前のことなんですよね。
なぜって、周りの人は、自分じゃない。言ってみれば、立派な他人。
変わろうとしているあなたの思いや変化は、伝わっていないかも知れないし、
周りの人にとっては、わからない方がトクだから、わかりたくないかも知れないし。
そんな悩めるあなたに、贈りたい言葉があります。
「忍受せよ」...
これは、お釈迦様が、お弟子さんのアングリマーラに言われた言葉です。
「現状を肯定し認めて、今はこんな時だと耐え忍びなさい」
というような意味でしょうか。
ア ングリマーラは、ある事情から99人もの殺人を重ね怖れられていた盗賊ですが、100人目にしてお釈迦様に出会って改心し、弟子にしてもらったという人で す。ある日、アングリマーラは市中に托鉢に出かけたのですが、かつての彼の極悪非道ぶりを忘れていない人たちに石を投げつけられたりして血だらけになって 帰ります。
そのとき、お釈迦様は彼に「忍受せよ」と言葉をおかけになったのです。彼はその言葉に大いに感じ入り落涙とどめなく...そしてさらなる精進に邁進し、ついには「悟り」を得るのです。
私はこの話が大好きで、自分なりの解釈も加えて引き合いに出しています。
感情を無理に押し殺すような「忍耐」はよくありませんが、こんな「忍耐」はいいと思いませんか?
彼の場合ほど深刻ではないにしても、何かの「行き違い」を解決するためには、ときには「忍耐」も必要なのです。
このような、わかってもらうための「忍耐」は、後ろ向きの意味ではなく、積極的な心構えに通じるものがあります。
それは、わかってもらうために、「確信を持って時節を待つ」という意味なのですから。
今は、お釈迦様の弟子といえど、かつては盗賊。
昔の罪をキレイさっぱり記憶から消し去ってくれ、変化をわかれと言われても、
犯した罪の事実は残っているわけですから、おいそれとはいきませんよね。
私たち自身が変わろうとすることは簡単です。
自分だけなら、簡単に変われます。
ただ、それを周りの人にも理解してもらい、新しい自分を貫き通すためには、
しばらくの間、「忍受」を必要とすることもあるのです。
確かアメリカの有名な実業家だったと思いますが、誰でしたかね?
「確信を持って、信念に基づいた行動を取るならば、自分が考えているような人間になるのは簡単だ...」と言ったのは?
変わりたいなら、「確信」を持って、変わりましょう。
そして、「信念」を持って行動しましょう。
それを貫くためには、ときには楽しく「忍耐」もしてみましょう。
そうすれば、3日、3か月、3年と大いに変わり、7年もたてば、あなたは光り輝く、"変わりたかったあなた"に変身していることでしょう。
そして、"自分が制限さえしなければ"、天と地ほど違う別人にさえなっていること、請け合いですよ

だからね、みなさん、ガンバ
、ですよ?!!!
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