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    <title>癒しと学び舎</title>
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    <updated>2011-04-23T09:09:08Z</updated>
    
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    <title>自分なりのスピードを大切に</title>
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    <published>2011-04-23T08:54:51Z</published>
    <updated>2011-04-23T09:09:08Z</updated>

    <summary>&quot;健康のためなら死んでもいい&quot;...なんて聞くと、なんのこっちゃ?と笑うでしょ？...</summary>
    <author>
        <name>ルーエ</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iyashi.ruhemama.com/">
        <![CDATA["健康のためなら死んでもいい"...<br /><br />なんて聞くと、なんのこっちゃ?と笑うでしょ？<br /><br />これは、健康づくりをめざすあまり、ありとあらゆるサプリメントを飲みまくっていた方を、<br />筋肉反射で調べたときの反応です。<br /><br />そんなバカな、と思われるかも知れませんが、たとえ自分で気がつかなくても、案外<br />これと同じような感じで、がんじがらめの状態に突入しているケースも多いのです。<br /><br /><br /><br />]]>
        <![CDATA[人は、向上心にはやる余りに、<br />不安感にさいなまれる余りに、<br />結果的には、自分の願望とは正反対の状況に、自らを追い込んでしまうことさえあるのです。<br /><br />少しづつでも出来ていたら、「近づいている?<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_finger_ok.gif" />」と思えばいいのに、<br />「また、あそこまで行けなかった?<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_bad.gif" />」なんて、自分を責めているあなた。<br /><br />少しずつでいいではありませんか。<br />少しずつ進むからこそ、見える風景もあるんだし、<br />少しずつだからこそ、進歩を楽しむ余裕も生まれます。<br /><br />そりゃ、一気に行けば、楽しいだろうけど、<br />ボチボチもまた、それなりに楽しいものです。<br /><br />あなたには、あなたにぴったりのスピードがあるはず。<br />どうせ、行きたいところへは行けるに決まっているんだから、<br />あなたにふさわしいスピードで進みましょう<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_note.gif" /><br /><br />足（たる）を知る、という言葉もありますが、<br />汝、自身を知れ、というソクラテスの言葉も、<br />案外こんなところにも当てはまりそうな気がしますよ。<br />]]>
    </content>
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    <title>時には「忍耐」も必要です</title>
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    <published>2011-02-07T12:40:31Z</published>
    <updated>2011-02-10T01:11:25Z</updated>

    <summary>いつかのブログにも書いたように、自分を変えるのは、とても簡単なことです。そして、...</summary>
    <author>
        <name>ルーエ</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iyashi.ruhemama.com/">
        <![CDATA[いつかのブログにも書いたように、<br />自分を変えるのは、とても簡単なことです。<br />そして、なりたい自分になるのも簡単です。<br />だって、変えようと「思えば」「決意さえすれば」、そしてそのように「行動すれば」いいわけですからね。<br /><br />だとして、さて、ここからが問題。<br />昨日、セッションを受けに来てくださったお客様から、こんな質問を受けました。<br /><br />自分を変えようと、自分なりに精一杯努力しています。<br />でも、日々の生活の中で、なかなかそれが通らないことがあるのが辛いのです。誰かのたったひと言で、以前の自分に舞い戻ってしまうような感じもあるし...<br /><br /><br /> ]]>
        <![CDATA[なるほど、そうですね<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_relief.gif" /><br />
自分を変えるのは簡単だとしても、周りの人に、それを簡単にわかってもらえるわけじゃない。<br />
まして、あなたがガラッと変わろうとしているのなら、なおさらのことですネ。<br />
それは確かに道理です。<br />
周りにいる人たちに、変わった自分をすぐにも認めてほしいと思っても、<br />
出来れば、周りの人にも変わってほしいと願っても、それは、なかなかにムズカシイ。<br />
<br />でも、それは当たり前のことなんですよね。<br />
なぜって、周りの人は、自分じゃない。言ってみれば、立派な他人。<br />
変わろうとしているあなたの思いや変化は、伝わっていないかも知れないし、<br />
周りの人にとっては、わからない方がトクだから、わかりたくないかも知れないし。<br />
<br />そんな悩めるあなたに、贈りたい言葉があります。<br />
「忍受せよ」...<br />
<br />これは、お釈迦様が、お弟子さんのアングリマーラに言われた言葉です。<br />
「現状を肯定し認めて、今はこんな時だと耐え忍びなさい」<br />
というような意味でしょうか。<br />
<br />ア
ングリマーラは、ある事情から99人もの殺人を重ね怖れられていた盗賊ですが、100人目にしてお釈迦様に出会って改心し、弟子にしてもらったという人で
す。ある日、アングリマーラは市中に托鉢に出かけたのですが、かつての彼の極悪非道ぶりを忘れていない人たちに石を投げつけられたりして血だらけになって
帰ります。<br />
そのとき、お釈迦様は彼に「忍受せよ」と言葉をおかけになったのです。彼はその言葉に大いに感じ入り落涙とどめなく...そしてさらなる精進に邁進し、ついには「悟り」を得るのです。<br />
私はこの話が大好きで、自分なりの解釈も加えて引き合いに出しています。<br />
感情を無理に押し殺すような「忍耐」はよくありませんが、こんな「忍耐」はいいと思いませんか？<br />
彼の場合ほど深刻ではないにしても、何かの「行き違い」を解決するためには、ときには「忍耐」も必要なのです。<br />
<br />このような、わかってもらうための「忍耐」は、後ろ向きの意味ではなく、積極的な心構えに通じるものがあります。<br />
それは、わかってもらうために、「確信を持って時節を待つ」という意味なのですから。<br />
<br />今は、お釈迦様の弟子といえど、かつては盗賊。<br />
昔の罪をキレイさっぱり記憶から消し去ってくれ、変化をわかれと言われても、<br />
犯した罪の事実は残っているわけですから、おいそれとはいきませんよね。<br />
<br />
私たち自身が変わろうとすることは簡単です。<br />
自分だけなら、簡単に変われます。<br />
ただ、それを周りの人にも理解してもらい、新しい自分を貫き通すためには、<br />
しばらくの間、「忍受」を必要とすることもあるのです。<br />
<br />確かアメリカの有名な実業家だったと思いますが、誰でしたかね？<br />
「確信を持って、信念に基づいた行動を取るならば、自分が考えているような人間になるのは簡単だ...」と言ったのは？<br />
<br />変わりたいなら、「確信」を持って、変わりましょう。<br />
そして、「信念」を持って行動しましょう。<br />
それを貫くためには、ときには楽しく「忍耐」もしてみましょう。<br />
<br />そうすれば、3日、3か月、3年と大いに変わり、7年もたてば、あなたは光り輝く、"変わりたかったあなた"に変身していることでしょう。<br />
そして、"自分が制限さえしなければ"、天と地ほど違う別人にさえなっていること、請け合いですよ<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_finger_ok.gif" /><br />
<br />
だからね、みなさん、ガンバ<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_good.gif" />、ですよ?！！！]]>
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    <title>手放す勇気</title>
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    <published>2011-02-05T12:36:35Z</published>
    <updated>2011-02-09T12:39:36Z</updated>

    <summary>そんなふうに何でもかんでも自分でやってしまっては、誰にも、「ありがとう」が言えな...</summary>
    <author>
        <name>ルーエ</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iyashi.ruhemama.com/">
        <![CDATA[そんなふうに<br />何でもかんでも自分でやってしまっては、<br />誰にも、「ありがとう」が言えないよ<br /><br /> そんなふうに<br />何でもかんでも自分がやってあげても<br />誰かが、「ありがとう」を言ってもらえない<br /><br />人はみんな、「ありがとう」の言葉が大好き<br />だから<br />「ありがとう」を、自分一人のものにしないで<br />みんなで分かち合えるといいね<br /><br />それに、本当はね<br />「ありがとう」だって、人それぞれ。<br />あなたには、あなたにとって一番の<br />あの人には、あの人にとって一番の<br />「ありがとう」があるはずなんだよ。<br /><br />分かち合えば、みんな上手く行くようになっているんだよ。<br /> ]]>
        
    </content>
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    <title>泣きたいときには、泣こうね</title>
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    <published>2011-02-05T12:33:54Z</published>
    <updated>2011-02-09T12:35:46Z</updated>

    <summary>そして、怒りたいときは、素直に怒ろう人間だもの、喜怒哀楽があって、当たり前。もち...</summary>
    <author>
        <name>ルーエ</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iyashi.ruhemama.com/">
        <![CDATA[そして、怒りたいときは、素直に怒ろう<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_relief.gif" /><br />人間だもの、喜怒哀楽があって、当たり前。<br />もちろん、喜楽は、人間を成長させるものだけど、<br />怒りや悲しみだって、人を成長させるものなのだから。<br /><br />怒りや悲しみを、押さえ込んだりしないで、<br />怒ったり、泣きたくなった自分を認めてあげてね。<br />でも、むやみやたらに人にぶつけてしまった感情は、<br />勝手にどんどん育っちゃうから、<br />上手にはき出す方法も見つけてあげてね。<br />喜楽がでっかく育つのは歓迎だけど、<br />怒哀がやたらと育つと困るでしょ？<br /><br />だから、上手にはき出したら、<br />「キャンセル、キャンセル」って、つぶやきながら、お見送りしてね<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_m_heart.gif" /><br />よくよく考えれてみれば、悲しいとか腹立たしいとかも、<br />単に人と自分の考え方の違い、とらえ方の違いってこともあるんだから。<br /><br />人は、この世に"学び"に来たんだもの。<br />喜怒哀楽ぜんぶが、現世で生きる人間のための"学び"の教科書。<br />怒哀がわかってはじめて、本当の喜楽がわかるのだと思うから。<br /><br />さて、きょう、あなたは何教科、学びましたか？<br />私はしっかり4教科<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_happy.gif" />　なかなか難しかったけど、楽しかったよ。<br /> ]]>
        
    </content>
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    <title>起きることは、どんなこともいいこと。</title>
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    <published>2011-01-28T12:27:43Z</published>
    <updated>2011-02-10T01:16:06Z</updated>

    <summary>何をバカなことを、と言わないでねでもね、本当にそうなんです。昔々、大いなる魂に、...</summary>
    <author>
        <name>ルーエ</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iyashi.ruhemama.com/">
        <![CDATA[何をバカなことを、と言わないでね<br />でもね、本当にそうなんです。<br />昔々、大いなる魂に、そう告げられてから、私の人生はその真実を確かめるためだけにあったような気がします。<br /><br />確かにね、そうなんですよ.<br />この間には、夫の手術入院もありましたし、私自身が入院したこともありました。<br />仕事でも、山もあれば谷もあった。<br />悲喜こもごも、普通の人の3倍くらいの経験はしてきた気がしますが、<br />でも、どんなに悪く見える出来事でも、かならず良いことにつながっているという不思議な事実。<br /><br /><br /> ]]>
        <![CDATA[私は、大いなる魂に出会うという体験をして以来、どんな逆境と思える状況にぶつかっても、「平静」でいられるようになりました。<br />
目の前には、相も変わらずいろいろな出来事が起きては収拾していきましたが、どれも、その事実が、単に事実として目の前に展開されるというだけのこと。何らの感情も湧かずに、ただそうした「事実」を「私に必要な課題」として淡々とやり過ごす時間と空間を与えられているという不思議な感覚。<br />
まるで人生の一こまという絵を見ているかのようにネ。<br />
だから、な〜んにも、辛くも悲しくもないのです。<br />
出来事の原因と結果と、それに対処した人間の行為だけが、淡々と目の前に繰り広げられ、それを見ながら、出来事の意味を感じるという毎日。<br />
だから、何かコトが起きると、そのコトの本質がよくわかりました。<br />
（人間は、「いまここ」というピンポイントの注意力と集中力さえあれば、決してバカなミスはしないものです。その集中力を削いでしまうのが、ネガティブな思いこみだということも知りました。）<br />
そして、トコトンわかったことは、たとえどんなことが起きても、それは必ずや結果オーライになっているという事実でした。<br />
<br />
起きることは、どんなことも良いこと。<br />
それは不思議な真実です。<br />
だから、どんなことがあっても、大丈夫なんです。<br />
安心していればいいのです。<br />
それを、ぜひ「信じて」くださると、うれしい。<br />
<br />
そして、もうひとつ。<br />
「いまここ」の集中力で選択すれば、人は、わざわざ、「逆境」という寄り道をしなくても、そのまま「良いこと」の方に向かうことができるのだということ...それも、ぜひとも知ってほしいナ<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_relief.gif" />]]>
    </content>
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    <title>あなたはあなた、わたしはわたし。</title>
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    <published>2011-01-21T12:19:58Z</published>
    <updated>2011-02-10T01:22:15Z</updated>

    <summary>このフレーズは、そのあと、「違っているけど、一緒が楽しい」と続きます。ここが、な...</summary>
    <author>
        <name>ルーエ</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iyashi.ruhemama.com/">
        <![CDATA[このフレーズは、そのあと、<br /><span style="font-size: medium;"><strong></strong></span>「違っているけど、一緒が楽しい」<br />と続きます。<br /><br />ここが、なかなかムズカシイみたいですね。<br />たとえば、夫婦間で、たとえば友人間で。<br />違っていることが、上手くいかない原因だと思っている人が多いのではありませんか？<br />でもね、本当は、違うからこそ一緒にいるのが楽しいのですよ。<br />考えてもご覧なさい。<br />あなたと同じ容姿、同じ考え方、まるっきり同じ感じ方をする人が目の前にいたとして、本当に楽しめると思いますか？<br />考え方や感じ方が違うからこそ、解ってもらえるようお話するのが楽しいんだし、<br />解りたいからこそ、お話を聞くのが楽しいのではないかしら<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_relief.gif" /><br /><br />まずは、違いがあるのを認めて、そこから始めてみてはどうでしょう？<br />そうしたら、相手との違いを知るのが楽しくなります。<br /><br /><br /><br /><br /> ]]>
        <![CDATA[中には、「わたしとあなた、ここが違うね」と言われたとたんに、<br />
「え？わたしのこと、嫌いなの？」って思う人さえいるみたいだけど、<br />
それは、そんな考え方に慣れていないだけのこと。<br />
違っていいんだあ〜と思えたとたんに、きっともっとラクになれると思いますよ。<br />
<br />そして、違うからこそ楽しいという視点を持てれば、<br />
その「違い」の本当の意味がわかるようになります。<br />
そうしたら、その違いを、良いとか悪いとかの視点でとらえないで、<br />
それが、あなたの人生や生き方にとって、プラスなのかマイナスなのか...<br />
という視点でとらえること。<br />
そこが一番大事な問題<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_think.gif" /><br />
<br />
で、その違いがあなたにとってマイナスに作用するとわかったとき、あなたならどうしますか？<br />
友人なら、上手に別れれば済むけど、夫婦となればね...<br />
そこは、ケースバイケース。<br />
それぞれで異なったアドバイスがあるので、その続きは、ルーエのセッションへどうぞ〜<br />
<br />なんて、ちょっと冷たい？あなたとはずいぶん違うって？<br />
だから、言ったでしょ<br />
<br />
あなたはあなた。わたしはわたし。<br />
違っているからこそ楽しいんだよ〜って]]>
    </content>
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    <title>自分を認めてあげてね</title>
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    <published>2011-01-19T12:12:13Z</published>
    <updated>2011-02-09T12:14:01Z</updated>

    <summary>そんなに一生懸命がんばってきたんだものそんなに、悩んだり、苦しんだり、悲しんだり...</summary>
    <author>
        <name>ルーエ</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iyashi.ruhemama.com/">
        <![CDATA[そんなに一生懸命がんばってきたんだもの<br />そんなに、悩んだり、苦しんだり、悲しんだりしてきたんだもの<br />そんなあなたを、あなたが一番わかっているでしょう？<br /><br />だから、きちんと認めてあげてね<br /><br />ときに、愚痴が止まらなかったり、<br />ときに、感情的な言葉を吐いてしまったことがあったとしても、<br />もう、これからは気をつければいいのだから、<br /><br />そんな自分を許してあげてね<br /><br />それでも、ときにネガティブな気持ちになったり、<br />感情的になったりするかも知れないけれど、<br />そんな時は、「キャンセル、キャンセル」しながら、<br />そんな自分を許してあげてね<br />そして、せいいっぱい愛してあげて<br /><br />あなたの本当の苦しみや悲しみの深さを知っているのは、<br />ほかの誰でもない、あなた自身なのだから<br /><br /> ]]>
        
    </content>
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    <title>なりたい自分になりましょう</title>
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    <published>2011-01-17T12:05:03Z</published>
    <updated>2011-02-10T01:26:30Z</updated>

    <summary>突然ですが、あなたはいま、自分らしく生きていますか？家庭の中で、会社の中で、日々...</summary>
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        <name>ルーエ</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iyashi.ruhemama.com/">
        <![CDATA[突然ですが、<br />あなたはいま、自分らしく生きていますか？<br />家庭の中で、会社の中で、日々居心地よく暮らせていますか？<br /><br />"自分らしさ"という表現はなかなか難しいかも知れませんが、とりあえず、そこが居心地よかったり、違和感なく暮らせていたら、自分らしく暮らせているというバロメーターにはなりそうです。<br /><br />満足度は大なり小なりかも知れませんが、まずは、自分らしく生きているなあと実感できていたら良しとして、<br />もし、そうでない方がいたとしたら、<br /><br />あなたは、どんな自分になりたいですか？<br />そして、それを実現することは可能だと思っていますか？<br />]]>
        <![CDATA[私たちは意識的に、あるいは無意識的に、選択を繰り返すことによって人生を創造しています。<br />「今」という現実は、あなたが自由意思によって選択を重ね創造してきた結果に他なりません。<br /><br />だから、もし現実において、自分らしく生きていないなあ（つまりは、楽しく生きれていないなあ）と思うところがあったとしたら、それは、あなた自身が行ってきた選択に、ちょっとした見当違いがあったことを教えてくれているのです。<br /><br />もちろん、それは、単に見当違いだったというだけのことで、良いも悪いもありません。ただ、選択に違いがあっただけのこと。<br />だから、すぐに、軌道修正すればいいのです。<br /><br />自分の選択の手違いを改めるのは、いとも簡単なことなのですよ。<br />"今この瞬間"に、"ここで"変えようと、"想えば"いいのです。<br />集中して、変えよう<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_biccuri.gif" />と想うだけ。<br />その想いは、その瞬間から新たな選択のエネルギーになり、新たな現実がカタチをとり始めます。<br />そのときに大切なのは、その選択が単なる願望ではなく、本当にあなたの魂の声から出てきているものかどうかということだけ。<br /><br />その願望が、魂の声から出てきたかどうかなんて、どうやったらわかるのか、って？<br /><br />楽しい方を、少しでも居心地の良い方を選択するだけのことなのですよ。<br />簡単なことでしょ？<br /><br />人生のこの瞬間に、自分が本当に喜べる（楽しめる）方を選択することに集中すること。<br />そして、まずはその選択どおりに生きてみて、居心地の良い日々が送れたらそれでOK。<br />これからも、楽しく自分らしい日々を生きましょう。<br /><br />ただ、もし、それが上手く行かなかったら、それはあなたが魂の声をちょっと聞き間違えたということ。<br />だから、すぐに選択し直せばいい。今度もまた、集中してね。<br /><br />そんな簡単に、選び直せるもんかあ〜って？<br />ムズカシイと思う、それこそが、思いこみに過ぎません。<br />騙されたと思ったら、試しにやってごらんなさい。<br />こんなに簡単なことだったのかと、すぐにわかるから<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_wink.gif" /><br /><br />で、改め続けて、ついには、毎日がワクワクに変わったら、<br />そのときこそ、魂の声がささやいてくれることでしょう。<br /><br />良かったね<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_m_heart.gif" /> それが本当の君だよ<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_pikapika.gif" /><br />今度こそ、さらに楽しい日々が送れるよう、楽しい努力を重ねようね、って。 ]]>
    </content>
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    <title>あせらないでね</title>
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    <published>2011-01-12T12:02:53Z</published>
    <updated>2011-02-10T01:28:46Z</updated>

    <summary>たとえ、今どう生きていけばいいのか、わからなくても、たとえ今、うまく行かないこと...</summary>
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        <name>ルーエ</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[たとえ、今どう生きていけばいいのか、わからなくても、<br />たとえ今、うまく行かないことがあったとしても、<br /><br />けっしてあせらないでね。<br /><br />時が満ち、準備が整えば、すべてが用意されたかのように、<br />流れ始めていくのだから<br />少しもあわてることなどないのです。<br />準備は、魂が着々とやってくれているのですから、<br />少しも倦まず休まずにね。<br /><br /> ]]>
        <![CDATA[ただ精一杯に「いま」を生きてさえいれば<br />すべては、うまく行っています。<br />たとえ今、泣いていようが、苦しんでいようが、<br />何事も関係ないかのごとく、<br />すべては、うまく運んでいる...。<br />そして、潮時がくれば、<br />あなたは、きっと向こうからやって来る何かに出会う。<br />そのとき、無理なく、ただ、受け入れれば良いだけのことなのですよ。<br /><br />本当は、死ぬ間際に「わかった」って、遅くはないのです。<br />なぜ、そう言えるのかって？<br />それは、「わかって」みればわかります。<br /><br />真の人生は長い。<br />それは延々と続く「いまここ」なのです。<br />死んだからって、そこで終わるわけではなく、<br />それは永永と続く旅。<br /><br />だから、<br />何とかしなきゃ<br />早くしなきゃ<br />私がしなきゃ<br />...なんて、思わないでね。<br />「いまここ」に集中するのではなく、「少し先」か「ずいぶん先」のことを考えているなんて、ずいぶんもったいないこと。<br />あせることは、なんにもないのです。<br /><br />隅々までキレイにお掃除して、<br />美味しいご飯を作って食べて、<br />今日やるべきことだけ、精一杯やる。<br />「きっと良くなる」とつぶやきながらね。<br /><br />人生はとてもシンプル。<br />マハトマ・ガンディーも言ってますよ。<br />「我々が今日のことに気をつかえば、明日のことは神が気をつかってくれる」...って。]]>
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    <title>信じることはむずかしいですか？</title>
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    <published>2010-12-17T12:00:01Z</published>
    <updated>2011-02-10T01:31:38Z</updated>

    <summary>こうなりたい、こうしたい、こうなればいいのに...いろいろな方から悩みのご相談で...</summary>
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        <name>ルーエ</name>
        
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        <![CDATA[こうなりたい、<br />こうしたい、<br />こうなればいいのに...<br /><br />いろいろな方から悩みのご相談で、最近耳にするフレーズです。<br /><br />私はそんなとき、いつも、<br /><br />そうなればいいじゃない？<br />そうすればいいじゃない？<br />と答えます。<br /><br />だって、そうしたいわけだし、<br />そうなりたいわけだし、<br />そうなればうれしいわけでしょ？<br /> ]]>
        <![CDATA[自分の、こうしたい、こうなりたい、を妨げているものは、何ですか？<br /><br />もし、そうなれなかったら、落胆するから？？<br />もし、そうできなかったら、恥ずかしいから？？<br />それとも、もしかしたら、そうなれるはずがない、と信じ込んでいるから？<br /><br />そうなれるはずがない、と信じることは簡単でも、<br />そうなれるに決まってると、信じることはむずかしいですか？<br /><br />実はね、人間は、そうなりたいと思ったら、そうなるに決まってるんですよ<img src="http://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_finger_ok.gif" /><br />なぜって、神様は人間をそういうふうに創っていらっしゃるから<br />人間とは肉体だけの存在ではないということは、もはやあなたもご存知ですね？<br /><br />あなたは、あなたらしさを表現するために、この世に何かを創造しようと生まれてきた...<br />それを信じることが出来たら、未来はその瞬間から変えられる...<br /><br />そう信じられたらラクなんだろうけどねえ...<br />まだまだ、そう言い続けてみますか？]]>
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    <title>霊的体験</title>
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    <published>2010-12-08T11:54:48Z</published>
    <updated>2011-02-09T12:08:29Z</updated>

    <summary>カーサルーエには、いわゆる神秘体験をしたという方が訪ねて来られます。そういう方と...</summary>
    <author>
        <name>ルーエ</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iyashi.ruhemama.com/">
        <![CDATA[カーサルーエには、いわゆる神秘体験をしたという方が訪ねて来られます。<br />そういう方とお話する度に、つくづく世の中は「変わったなあ」と感じます。<br />神秘体験をする人が確実に多くなった気がするからですが、私自身が10数年前類似の体験をした頃は、周りにそういう話が出来る人は一人としておらず、悶々と苦しんだものでした。<br /><br />私はその後、手当たり次第にその手の本を読みあさるようになりましたが、霊的体験はきわめて個人的なもので、全く同じといえるような経験はふたつとしてないように思われます。<br />私自身の体験にしても、特徴的だとされるいくつかの体験を組みあわせたものだったと、今では理解しています。<br /><br />いわゆる神秘体験には、クンダリニーの覚醒、至高体験、チャネリングや臨死体験など、特徴的ないくつかの形態があげられます。<br />私の回りにも、臨死体験をした人が少なからずいますし、チャネリングする人も、今では珍しくなくなってきていますね。<br /><br /><br />]]>
        <![CDATA[そ
ういう分類に簡単に当てはめるわけにはいかないのですが、先日お会いした方の例は、通常の時間や空間の感覚がなり、個としての境界がなくなって無限性にふ
れる、全宇宙との一体感をおぼえる...という体験から、超意識のエネルギーが前触れもなく突発的に、自己の内部に流れ入るという神秘経験だったのだろうと思
います。<br />こうした経験は、まったく突然に日常生活のまっただ中で起きるケースが多いのです。<br />私の場合も、友人との電話中に、お風呂の中で、自然に囲まれて...それは突然に訪れました。<br /><br />こういう神秘体験の場合、突如として光やエネルギーを経験するので、それまで悩み苦しんでいた自己が突然解放され、素晴らしい歓びを得ることもしばしばです。高揚感や至福感、深いやすらぎなど、「向こう」から突然やってきたギフトに圧倒されるほどの幸福を覚えるものです。<br /><br />しかし、そうしたエネルギーも終息するときを必ず迎えます。<br />するとそれに伴って、それまで感じていた他者や宇宙との全一感がなくなり、元に戻るばかりか、逆に悩みを増幅し、なおいっそうの混迷に導いてしまうケースさえ多くあります。<br /><br />あるいは、流入する光やエネルギーが弱かったり、人格がそのエネルギーの流入を受け入れるのに充分でなかった場合など、そのエネルギーが過ぎ去り高揚状態が去ってしまうと、きわめて深刻な反動を生み出したりすることさえあるのです。<br />高名な仏教学者の玉城康四郎氏の著書には、こうした体験について詳しく書かれています。（『ダンマの顕現』　大蔵出版）<br /><br />他にも、クンダリニーの覚醒などで、制御できない行動が出現するケースなど、よく聞かれるところですね。<br /><br />私の場合、それとは別に、生きていることに絶望するという深刻な事態に陥ったのですが...<br />神秘体験というと、至福感ややすらぎ感ばかりが強調されがちですが、後に訪れることがあるこうした事態について、正しい理解が出来ていないと、必要以上に苦しむことがあることを知っておいてほしいと思うのです。 ]]>
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    <title>&quot;大いなる魂&quot;とは</title>
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    <published>2010-11-22T11:52:14Z</published>
    <updated>2011-02-09T12:07:29Z</updated>

    <summary>&quot;大いなる魂&quot;？‥それって何なの？そんな声が聞こえてきそうですが、これは、もう1...</summary>
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        <name>ルーエ</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA["大いなる魂"？‥それって何なの？<br /><br />そんな声が聞こえてきそうですが、これは、もう10年以上も前 に<br />私の耳に一方的に飛び込んできたお名前です。<br /><br />当時、宗教的なものに全くといっていいほど関心がなかった私にとって、<br />それは、神様ともお釈迦様とも違った、いえ、それをも含んだ<br />とてつもない大きな存在として、私に降り立ってきたのでした。<br /><br />大きな渦の エネルギーとして私のカラダを取り巻いた<br />その"大いなる魂"さんは、<br />それ以来、さまざまなことを教えてくれるようになりました。<br /><br /><br /> ]]>
        <![CDATA[最初に教えてもらったのは、私たちもエネルギーであり、<br />光のような存在なのだということ、<br />そして、私たち自身が、その巨大なエネルギーである<br />"大いなる魂"の一部なのだということ。<br /><br />ある種の"目覚め"だったと言えるのでしょうか。<br />当時、ごく普通の働くウーマンだった私には、<br />とても人には打ち明けられない不思議な体験でした。<br /><div>なにせ、精神世界ということが何を意味するのかも知らなかったし、<br />ニューエイジというのも、言葉くらいしか知らなかったのですから。<br /></div><br />それで、当初はちょっと苦しみました。<br />あまりに突然に真実が"わかってしまった"ことで、<br />三次元的にどうやって生きて行けば良いのかわからなくなったのです。<br />いわゆるスピリチュアルエマージェンシー（霊的緊急事態）だったのかも<br />知れません。<br /><br />その後、似たような体験をした人を見聞きする機会が増えて、<br />それが誰にでも訪れる可能性のある普遍的な出来事なのだと<br />いうことを知りました。<br /><br />その体験から10年を経て、<br />ついに私はヒーラーになってしまったわけですが、<br />ヒーラーの中には、そのような体験をした方たちが少なからず<br />いらっしゃいます。<br /><br />人はみな光の存在。<br />いつとは言えないけれど、誰もが、そういう真実に気づくことは<br />当たり前のこと。<br />とくに、ヒーリングのお仕事をしていると、<br />そうした体験が決して特異なものではないということがよくわかりますし、<br />時代の後押しもあってか、その真理を受け取る準備が整い始めた人が<br />どんどん増えている気がします。<br /><br />少 しでも早くそういう一人になれれば、<br />とてもラクに生きていけるようになるのは間違いありません。<br /><br />なぜなら、目覚めは、<br />自分が宇宙と一体だということを体験的に実感する<br />ことだからです。<br /><br />宇宙と私は一体‥<br /><br />だから、お任せしてしまえばいいのです‥<br /><br />レイキの臼井甕男先生がおっしゃったのも、コレなんですね。<br />安心立命‥すべてはうえにお任せして、<br />自分は自分の出来ることをやればいい。<br /><br />きっと大丈夫！<br />そうやって、私自身もこの10年以上を過ごしてきました。<br />でね、これって、本当にラクなんですよ。<br /><br />それを何とか、一人でも多くの人にお伝えしたい。<br />それが、わたしのヒーラー道を支えるモチベーションなのです。]]>
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    <title>はじめに</title>
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    <published>2010-11-21T11:28:04Z</published>
    <updated>2011-02-10T02:59:30Z</updated>

    <summary> 	2010年5月15日のブログ「ルーエの日記」に、10年以上前に私に降り立った...</summary>
    <author>
        <name>ルーエ</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iyashi.ruhemama.com/">
        <![CDATA[<p>
	2010年5月15日のブログ「<a href="http://blog.livedoor.jp/ruhemama/archives/cat_10024162.html" target="_blank">ルーエの日記</a>」に、10年以上前に私に降り立った"大いなる魂"について書きました。<br />
	突然訪れた巨大なエネルギーの渦の中で、私は"忘れていたこと"を一瞬にして思い出してしまったので、それ以降、それまでの生き方・考え方がすっかり変わってしまいました。<br />
	その体験に導かれるように、こうしてついには、ヒーラー道を歩むことになったのですが、今なら、これまで会社の経営者として大ぴらには言えなかったその体験のことやその後のさまざまな気づきについて書くことが出来るような気がします。<br />
	職業人、家庭人としての、長く豊かな経験もあります。<br />
	これまでの人生で学んできた知識や、私なりの気づきをここで発信できたら、癒しを求めている人や、人生に何かを探し求めている人のお役に立つことができるかも知れない‥。<br />そんな思いで、私が今もっとも伝えたいことを、ここでさまざまな角度から書いてみたいと思います。<br />
	題して、「癒しと学び」のブログ。<br />これまで、「ルーエの日記」に書いてきた、"大いなる魂"からのメッセージも、ここにまとめました。</p>かつての体験以来、今なお"大いなる魂"は、休むことなく私に新たなエネルギーを送り続けてくれていますし、さまざまなメッセージを下ろしてくれています。<br /><br />私のその"気づき"が、少しでも皆さまのお役に立てますように！<br />よろしかったら、どうぞときどき覗いてみてくださいね。
]]>
        
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